そして、三月がやってくる。

　三月。

卒業式。

好きな人と会えなくなる。

友達と離れ離れになる。

制服を着られなくなる。

それが悲しかった。

　忘れられない思い出はたくさんあった。

どきどきした入学式。

クラス替え。

席替え。

三階の窓から見たほかのクラスの体育の授業。

どんなに遠くからでも見分けられたひとりの男の子。

そのクラスの時間割を調べて、用もないのに廊下ですれ違うのを待った休み時間。

失恋した友達をなぐさめた放課後。

たわいもないことで笑い転げたお昼休み。

何度も髪を梳かしたり、ピンクのリップクリームを塗ったりしたトイレ。

体育のあとはいろんな制汗剤の匂いでかえって気分が悪くなった女子更衣室代わりの二組の教室。

痩せたいと言う同じ口で食べた帰宅途中のアイスクリーム。

いつの間にか始まった回し読みの少女マンガに感情移入。

些細な行き違いで生じた友達との不協和音。

　そんな大切な思い出以外にも、なんでもないことが突然蘇る。

教室の床はいつも冷たかった。

掃除のすぐあとも消しゴムのかすは落ちていた。

国語の時間は楽しかった。

数学はただの数字と記号にしか見えなかった。

日本史の先生の服は毎日違った。

英語の先生は厳しかったけど本当はいい人だった。

生物の先生が少し好きだった。

わたしは家庭科の先生に似ていると言われた。

　卒業式で話される挨拶は、当たり前で退屈な言葉ばかり。

感動して泣いている子なんてひとりもいない。

みんなそれぞれの思い出をかみしめてせつなくなっている。

このまま時間が止まればいい、大人になんかなりたくないと、第一志望の難関校に合格した子だって願っている。

　だってわたしたちは知っている。

同じ制服で同じ学校で同じ時間を過ごすだけで、笑い声も同じになること。

どんなに仲がいい友達でも、卒業したら毎日会うのは不可能なこと。

生活が変われば昔と同じような友人ではいられないこと。

何度か経験した卒業式で、わたしたちはそれを学習した。

一番大切なことは授業で教わるのではなく自分で学んだ。

続きは短篇集でどうぞ。