新しい家
この作品は小学館「きらら」携帯メール小説大賞第３２回月間賞で
最終選考（30篇）に残りました。
毎日深夜まで仕事をして、家には寝に帰るだけ。
朝起きてシャワーを浴び、クリーニングのビニール袋を破いて糊の利いたワイシャツを着る瞬間に生き返る気がする。
が、ラッシュの電車に揉まれ、ネクタイは曲がり、スーツは皺になる。
一週間ずっと出張だったり、会社で朝を迎えたりする日もある。
上司はいい加減なくせに些細なミスを根に持つタイプだ。
名ばかりの係長のぼくには部下がいないので、雑用は自分でする。
それでも辞めずにいるのは、二度の転職をしても事態は変わらないと悟ったからだ。
どこにでも嫌な奴はいる。
次の職場が「あたり」かなんて、転職してみないとわからない。
それなら、給料が今までで一番いいこの仕事を続けるのが利口ってものだろう。
ただし、心と体はかなり荒んできたが。
その日も上司にヒステリーをぶつけられ、ぼくは心の中に怒りを抱えていた。
このストレスを他人へ八つ当たりするほど、ぼくはばかじゃない。
でも、溜まった暗い感情は出口を探していた。
そんな時に雨だ。
今朝はよく晴れていたのに、取引先から出て歩いているうちに土砂降りになった。
慌てて近くの店の軒先に駆け込んだ。
そこは不動産屋だった。
ガラスに貼ってある間取り図を、見るとはなしに見た。
三ＬＤＫの家族向けアパートから、一ＤＫの独身者用まで。
「お部屋をお探しですか？」
つい熱心に見ていたせいだろう。
笑顔のかわいい女性が出てきた。
ああ、そうか。今の家は通勤時間がかかるのがいけない。
会社の近くに住めばいいんだ。
少しくらい家賃が高くなっても、残業代を使う暇もないのだから。
「ええ、会社に近いところを」
さっきまでまったく考えていなかったのに、すぐにでも引っ越さないといけないような気がして、不動産屋の中に入った。
雨はまだしばらく降りそうだし。
「会社に近ければ近いほどいいですか？」
「まあ、そうですね」
「では、これはいかがでしょう」
続きは短篇集でどうぞ。