春生まれ

「献血にご協力ください」

　目を合わせないように歩いて行く人たちに紛れ、足早に通り過ぎる。

貧血だから協力できません、なんてわざわざ言わなくても嫌な顔はされない。

応える人など殆どいないと知っていて声をかけるのが、彼女たちの仕事だ。

駅前でティッシュを配るよりずっと低い確率でしか反応されなくても続けているのは、ここが健康な人々の集まる場所だから。

〈正面入口を入って右側の一番窓口へどうぞ〉

　建物の中には過剰なほどの注意書きがある。

きっと、それでももたもたする人たちがいて、係員は毎日うんざりしているのだろう。

一番が終わると二番窓口で証紙を買い、次は三番へ行く。

子どもにもわかる順番だ。

　三番窓口は十時に午前中の受け付けが締め切られる。

わずか五分過ぎただけでも、午後一時からの受け付けに回される。

ひとりひとりの我侭を聞いていたら収拾がつかなくなるからだが、

係員が交代で休憩をとれば一日中受け付けられるはずだと彼らは気づかない。

　お知らせのはがきにある注意書きをよく読まずに来て、時間を持て余した人たちが、中庭で手持ち無沙汰に空なんか見ている。

降っているのは雨ではなく桜の花びら。

参ったなあと呟く言葉ほどには彼らが参ったように見えないのは、急なお花見が突然の嬉しいプレゼントだから。

でも、ただ浮かれているだけではいられず、この空いた時間をなんとか埋めなければいけない。

駅前まで戻れば飲食店はたくさんあるが、億劫な人たちは近くに一軒だけあるコンビニで簡単な昼食を買って、

ベンチでもそもそ食べる。

大の男がアイスクリームまで買ってしまったのは、陽気のせいだけでなく非日常の落ち着かなさからかもしれない。

食事が済むと、そのままベンチに寝そべっている。

　午後の受け付け開始時間の三十分前になると、三番窓口には列ができ始める。

最も混雑するからか、三番は三つある。

それなのにすぐにこんなに混むのは、みんな時間を持て余していたのだろう。

ほかにすることがないから、受け付け開始時間よりもずっと前に並んでいる。

少しでも早く終わらせようと。

続きは短篇集でどうぞ。