いつかみた夢

　妙に疲れたと思って時計を見たら、二時を回っていた。

忙しさに昼食を採れずにいたが、こんなに早く時間が過ぎているとは思わなかった。

　私はこれまでずっと本社に勤務していた。

三年前からは、企業の販促として配られる品物に名入れを行う

「オフィスサポート」という子会社に出向している。

競争相手の多い職種だが、本社で扱う総ての品物を販促品として提案するところが受けたようで、

固定客もついていた。

　十人ほどいる加工工場は少し離れた所にあり、

この事務所に席がある人間は二十人に満たない。

しかもそのうち八人は営業で、日中はいない。

いつもいるのは総務部と開発部、それに営業部の事務の女性くらいだ。

　私が部長をしている総務部は庶務と経理も兼ねており、三人の部下は全員女性だ。課長などいない。

今日は、一週間のうちでもっとも忙しい月曜日と月初めが重なった。

日頃の経費精算に会議や決算書作りが加わり、息を吐く暇もない。

　雑居ビルの三階にある小さな事務所の窓から見えるものは、

隣のビルの壁と申し訳程度の植え込みだけ。

しかし、それさえ見ずに、パソコンの画面を何時間も睨んでいる日が多い。

　営業は暑い夏や雨でも外回りで大変だが、空き時間に喫茶店で一服する時がある。

移動中の電車の窓から見る緑で、目を休めることもできる。

平日外に出るのは通勤の行き帰りと昼食時だけという私は、近頃大切なものを忘れているような気がする。

「ああ、太陽を浴びたいよう」

　くだらない洒落が零れた。前に座っている部下の百合子と華恵が、そっと顔を見合わせた。

　またやってしまった。若いつもりでいても、こういうところに歳が表われる。

最近は、二回りくらい離れている女性社員の反応を気にすることはなくなった。

そもそも私など、彼女たちの眼中にないと分かったからだ。

「部長、こんなに陽射しの強い時間に外に出たら、あっという間に焼けますよ」

　百合子が親切な忠告をくれた。

「私は君たちみたいに、美白なんて関係ないからね。

少しくらいシミができてもいいから、日光浴がしたいんだ」

「日光浴なんて、最近流行りませんよ」

　若い女性たちが声を上げて笑っている。

　天気予報は毎日「今日の紫外線情報」を流している。

五月は、真夏よりも陽射しが強い日もあるらしい。

母子手帳から「日光浴」の文字が消え、

代わりに乳幼児への紫外線の悪影響が書かれているとニュースで言っていた。

街からは異常に顔の黒い若者が消え、最近は日傘の売れ行きがいいそうだ。

　しかし、そんなにまで陽焼けを憎む女性たちが、

夏休みや年末年始の休みに嬉々としてハワイやグアムへ行く心理が、どうしても理解できなかった。

そう言うと

「海外には、陽射し以外のものがたくさんありますから。

ブランド品を安く手に入れたり、日頃の疲れを癒したりするプラス効果の方が大きいもの」

「そうそう、だから多少の陽焼けには目をつぶるんです。

もちろんしっかり対策してるから、そんなに焼けませんよ」

「私たちだって、結構ストレス溜まってますから」

「一日中事務所で仕事してるのは、部長だけじゃないんですよ」

　都会の雑踏で漫然と排気ガスを浴びることに、プラスの要素など一つもない。

彼女たちの言い分はもっともだ。

　でも、と思う。生き物はどんなものでも、太陽に生かされているのだ。

気候のいい時に外に出たくなるのは、自然な欲求だろう。

「おやつですよ」

続きは短篇集でどうぞ。

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