ﾗッキージンクス

「一、二、三、四、五……」

　菜々子は数を数えながら歩いています。

アスファルトにハイヒールの靴音が響きます。

「三十二、三十三、三十四、三十五……」

　前方から赤い車が走ってきたので、菜々子は右によけました。

住宅街は朝特有の静かなざわめきがあります。

どこかの家で魚を焼く匂い。

犬の散歩をする老人。

意味もなく走る小学生。

「七十三、七十四、七十五……」

　今朝は小さな蜘蛛を見ました。

左手の薬指の爪に白い星がありました。

幸運のジンクスが二つも揃いました。

これで、駅へ行くまでの三つの信号がすべて青になっていたら。

「百六十五、百六十六、百六十七……」

　でも、それだけではだめなのです。

あの日も同じように幸運の太鼓判は押されていたはずでした。

朝の星占いでは最高の運勢でした。

新しい靴を買った翌日は雨でした。

それでも、吾郎は菜々子の気持ちに気づきませんでした。

「二百九十六、二百九十七、二百九十八……」

　あの日は六月十二日でした。

梅雨の時期なのにとてもいい天気で、いつもと違うそんな日はやはり予期しないことが起こるのです。

でも、あれは本当に天気のせいだったのでしょうか。

「五百四十四、五百四十五、五百四十六……」

　だんだん舌が回らなくなってきました。

でも、やめるわけにはいきません。

菜々子は賭けていたのです。

バス停に着いた時、家からの歩数が奇数だったら彼は戻ってくる。

でも、もしも偶数だったら、潔く諦めると。

　誰にでも当てはまるジンクスでなく、ふたりだけで決めたおまじない。

吾郎と菜々子は、奇数が自分たちに幸運をもたらしてくれると信じていました。

今日は七月七日。

まさに菜々子の日です。

吾郎はあの約束を覚えているでしょうか。

　もう数メートル先にバス停が見えています。

菜々子はわざと大股になったりせず、同じ歩調で歩いています。

ずるをしないで奇数で終わったら、きっといいことがあるのです。

ちょうど、駅に行くバスがやってきました。

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