金色の鍵
ある町に、ひとりぼっちのオスの黒い子猫がいました。人間に捨てられたのです。
半年前、子猫はお母さんやきょうだいと一緒にいました。
きょうだいとふざけっこをしたり、お母さんに毛繕いしてもらったりして、幸せに暮らしていました。
今、子猫は野良ですが、食べ物には不自由しませんでした。
町では人間が捨てた食べ物を、簡単に探せるからです。
人間は、自分に必要ないものをすぐに捨てるのです。捨てられた後のことなど、あまり考えずに。
子猫は、独り暮らしをしているおばあさんの家の縁の下で寝起きしていました。
お年寄りには猫好きが多いものですが、このおばあさんは黒い子猫を見て見ぬ振りをしています。
独りで生きることに誇りを持っているおばあさんは、野良猫にも口出ししないのです。
黒い子猫が初めておばあさんに出会ったのは、
コンビニの裏口にあった鮭のおにぎりを食べようとしているときでした
（それは捨てられたばかりで、まだ食べられました）。
庭の隅でビニールの包みと格闘している黒い子猫を見つけたおばあさんは、
「あら！」と小さく声をあげました。
子猫は驚いて身構えました。
でも、おばあさんはほかの人間と違って、子猫を追い払いも撫でようともしません。
じっと見つめています。
子猫は、そんなおばあさんを不思議に思いました。
ふたりはしばらく見つめ合っていましたが、不意におばあさんは家に入ってしまいました。
それから黒い子猫は、この家の縁の下に住むことにしました。
おばあさんは何も言わずに許してくれたようですが、餌をやったり家に上げたりはしませんでした。
子猫もちゃんと心得ていて、自分は野良だと思っていました。
ふたりは飼い主と飼い猫という立場にはならず、一人と一匹として独立して暮らしていました。
黒い子猫が困るのは、雨の夜でした。
雨音が響いているのと湿った空気のせいで、ゆっくり眠れません。
そんな夜には何度も目が覚めるし、眠っても怖い夢を見てしまうのです。
夢は時々見ます。お母さんもきょうだいも、夢の中でしか会えません。
だから子猫には、みんなと一緒にいた日々が、すごく昔のようにも、幻のようにも思えるのです。
続きは短篇集でどうぞ。