金魚
生まれた時には周りにたくさんの仲間がいた。
赤いのや黒いの、金色の。ぼくは綺麗な赤だって。
ぼくがいるのは金魚屋さん。毎朝おじさんが餌をくれる。ぼくの楽しみだ。
お店が開くまでは静かで、みんなで話をする。
「あそこにいる新入りは、真っ黒ですましていて嫌な感じ」
「君、ちょっと太ったみたいだよ。食べ過ぎでしょう？」
「今日はどんな人に会えるかな」
そんなことだ。毎日あまり変わらない。
開店してお客さんがやって来る。「これがいい」という声がすると、仲間が減っていく。
（みんな何処に行くんだろう）
ある日曜日、男の子がやって来て「この赤いのがいい」 と言った。ぼくは初めて水から出た。
（苦しい！ どうなるんだろう）
と思っていると、小さな袋に入れられた。ほかに四匹の仲間がいた。
男の子が歩いてビニール袋が揺れると、ぼくの心臓もドキドキした。
これから何処に行くんだろうと仲間たちと話していると、いきなりバシャッとひっくり返った。
びっくりしたが、落ち着いて見回すとどうやら水槽に移されたらしい。
それからは水も静かで、ぼくたちはまた今までのように泳ぎ始めた。
お店にいた時は青い壁に囲まれていたけれど、水槽は透明で外が見える。
男の子が窓際に置いてくれたからだ。
上に青く見えるのは空。白く浮かぶのは雲。
時々水を揺らすのは風。緑色に輝いているのは木の葉。
男の子は、ぼくたちにいろいろ話しかけてくれる。餌をくれるのも忘れない。
ぼくは相変わらず、退屈な幸せを味わっていた。
ある時、窓辺に見たこともないものが来た。それは突然空から現れ、ぼくのことをじっと見た。
怖い目をしていたが、ぼくは何故か目を逸らせなかった。
しばらくすると、それは来た時と同じように、また唐突にいなくなった。
ぼくはさっきのものまねをして、思いっきり飛んでみた。水が跳ね、仲間は驚いた顔をした。
それでもぼくは飛ぶのをやめなかった。
三度めに大きく飛んだ時、ぼくの体は水槽の外に出た。
（苦しい！ でも、ここに来る時も最初は苦しかった。きっと、また楽しいことが起こるさ）
そうして、ぼくは鳥になった。