緑の指輪
降り続いた雨がやんで、香織は早速買い物に出た。
たくさんの食材が入ったレジ袋が指に食い込む。
早く帰りたいと思った香織の目に、道端にしゃがみこむおばあさんが映った。
クローバーの茂みで小さな背中を丸め、時々溜息をついている。
「あの……どうしたんですか?」
おばあさんは、ゆっくり顔を上げた。
「指輪を探しているの」
「指輪、ですか?」
「そう。緑の婚約指輪」
具合が悪いわけではなかったことに安堵しながら、そんな高価なものなら見つけてあげなくちゃ、と香織は思った。
きっとエメラルドなのだろう。
おばあさんの隣にしゃがんで、香織はクローバーの茂みを探した。
時折きらりと光るものがあったが、それは葉っぱに残った雨の雫だった。
おばあさんはいつの間にか立ち上がって、腰をさすっている。
お年寄りにはつらい姿勢だったのだろう。
香織は、ちょっと持っていてくださいと、おばあさんにレジ袋を預けて、本格的に葉っぱを掻き分け始めた。
黙っているのが気まずいのか、おばあさんは思い出話をした。
「人が亡くなるのって、あっけないものね。
お風呂と夕食の後、あの人は『ちょっと疲れた』って早めに蒲団に入って、そのまま目覚めなかったの。
その夜の献立は、さんまと、里芋といかの煮付けと、ほうれん草の胡麻和えと、けんちん汁だった。
もう五年も前なのに、忘れられないわねえ。毎年命日には同じ食事を作るのよ。
わたしひとりではそんなに食べられないけど、ひとりになっても食事はきちんとしなさいっていう、あの人の遺言だと思うから」
おばあさんは香織に聞かせるというより、自分で自分に話しているようだった。
「子どもがいなかったから、いつもふたりでいたの。最初は淋しかったけど、いずれ慣れるのね。
子育てで忙しくて外食もできないって言っている友達を横目に、わたしたちはふたりでいろんなところに旅行したわ。
日本だけでなくて、海外にも行ったの」
「幸せだったんですね」
続きは短篇集でどうぞ。