時々、耳鳴りが起こるのには気づいていた。

その不快な金属音がするたび、わたしは軽く頭を振って追い払っていた。

　昨夜眠りにつく前に聞こえたのは、これまでとは違うカサコソという音だった。

横向きに寝ていたので、はじめは枕の中から聞こえてくるのかと思った。

（虫でもいるのかしら）

　わたしは枕をポンポンと叩いて寝返りを打ってから、再び眠りにつこうとした。

「カサッ」

　やはり音がする。

（何なの。耳の中にでも入っているの？）

　結局殆ど眠れず、寝不足のまま夜が明けた。

わたしの耳鳴りは、ますますひどくなっていた。


　翌朝会社に電話をして、病院に行くからと休暇を取った。

困ったことに、電話をしている最中も、耳の中ではカサコソ鳴っていた。

しかもその音はだんだん大きくなり、何をしていても止まなかった。

　しょっちゅう風邪をひくわたしだが、これまで耳鼻科にお世話になったことは一度もなかった。

どこがいいかと考え、駅へ行く途中にある医院へ行った。

　耳鼻科は、内科や小児科と違って空いていた。

花粉症の時期を過ぎたからだろうか。

ドアを開けた途端に数人の患者の視線を感じた。

しかし、彼らはすぐにそれぞれの世界に戻っていった。

薄暗い院内は、わたしの不安な気持ちを増殖させた。

　待合室のソファに座り、しばらく雑誌を読んでいた。

名前を呼ばれて診察室に入ると、

「どうしたの？」

と訊かれた。

何十年もこの仕事をしてきた、貫禄のある医師だった。

「耳鳴りがひどくて……」

「いつから？」

「昨夜からずっとカサコソ音がして……まるで、虫でも入っている感じです」