サトコさんの朝

　ある晴れた朝のことです。

サトコさんは庭の花に水遣りをしていました。

「おはようございます」

　背後から爽やかな声が聞こえ、サトコさんも振り返りながら、おはようございますと言いました。

ご近所の方が通りがかりに挨拶をしたと思ったものですから。

ところが、声の主はサトコさんの知らない女性でした。

「いつもお花がきれいに咲いていますねえ」

　女性は通勤途中でも犬の散歩の最中でもなく、サトコさんに用事があってやってきたようにその場を動かず、

満面に笑みをたたえていました。

（えーと、誰だったかしら。子どもの友達のお母さん？　それとも裏の通りの方かしら）

　サトコさんは曖昧な微笑みを浮かべながら、頭の中をフル回転させて思い出そうとしました。

こんなに親しげに話しかけてくるのですもの、きっと相手はサトコさんをよく知っているのでしょう。

「狭い庭ですから」

　サトコさんは適当に話を合わせました。

手にした象のじょうろの鼻から水滴が零れて、道路に黒い染みをつくります。

「お忙しいのに偉いわ。少しはご自分の時間がほしいでしょう」

「ええ、まあ……」

　サトコさんは返事をしながら、この女性は何が言いたいのだろうと考えました。

「そうでしょう。主婦が暇だなんてとんでもないですよね。することはたくさんあるのだもの。

みんなが気づかないような細かい仕事が、それはもうたくさん」

「そうですねえ」

　サトコさんが相槌を打つと、女性はにっこり笑って、持っていた黒い鞄の中から小さな白い箱のようなものを取り出しました。

箱の上には丸いボタンがついています。

「これはね、ふたつのことを同時にする時に使えるの。例えばお料理している最中に電話が鳴るでしょう。

そんな時、お鍋にこのスイッチをつけてポンと押しておくと、そこだけちょっと時間が止まるの。

吹きこぼしたり焦がしたりする心配がなくなるってわけ」

続きは短篇集でどうぞ。