空の飛び方

 

 街の隅にある小さな本屋の主人は、いつも暇そうにしているおじいさんでした。

このお店には、買うよりも立ち読みを目的に来るお客さんの方が多いのです。

 以前はハタキをパタパタさせたりもしていましたが、おばあさんが亡くなると、

おじいさんは本好きの人を一人でも増やそうと、そんなことは止めました。

すると、お客さんも居心地がよくなったのか、

この本屋は小さいながらも来る人が絶えなくなりました。

 しかし、相変わらず立ち読みばかりで、実際に本を買って行く人はほんの僅かでしたので、

おじいさんはどうやって生活をしているのかと心配する人もいました。

息子に仕送りをしてもらっているのだとか、何処かにマンションを持っていて、

その収入があるから本屋は道楽だなどという噂もありました。

そんなことを言う人ほど、一度も本を買ったことはないのですが。

 

 その日は、とてもよく晴れていました。

齧りついたらトマトの味がするかと思うくらい真っ赤な夕陽が沈む頃、

少年は学校の帰りに小さな本屋に寄りました。

 少年は、ここでよく友達と一緒に雑誌を立ち読みしました。

けれど、今日は友達が「女の子と帰る」と言ったので、少年は一人で帰ることになりました。

(いつもそうなんだ)

 少年は思いました。

(彼女ができると、みんなそっちに夢中になる。

男の友情を語っていたあいつだって、結局はみんなと同じじゃないか)

 少年は、自分の苛立ちを友達のせいにしました。

でも、本当は羨ましく思っていることにも気づいていました。

(ぼくだって、デートくらいしたいよ)

 雑誌の「モテる男の特集」を読んでも駄目でした。

なんだかんだ言っても、この歳の女の子は顔で選びます。それは、男の子も同じことですけれど。

 少年は本屋の中に入って行き、参考書や辞書のある棚に向かいました。

必死に勉強して、女の子だけでなく男の子たちも見返してやろうと思ったからです。

 少年は半年前までは受験生でした。入学した途端、勉強する気が薄れましたが、

その気になれば学年でトップになることだって夢ではないのです。

 その時、入り口のほうから

「任せておけって」

 という声がしました。振り向くと、少年と同じ制服を着た男の子が、

一緒にいる女の子に話しかけているところでした。

少年は、その女の子を知っていました。

クラスは違うけれど、時々見かけ、密かに好きだと思っていた子でした。

「先輩の成績、本当にいいんですかぁ?」

 舌ったらずな話し方は、甘えているせいでしょうか。少年が聞いたことのない声でした。

 

続きは短篇集でどうぞ。

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