うまれかわり
ある日、わたしは嘘を吐いた。
それは、ついうっかりなどというものではなく、ただ自分を守るためだけに出した言葉だった。
相手は嘘を見破り、わたしに失望して深く悲しんだ。
わたしは自分が悪いくせに、うなだれた相手を見て、虚無感に襲われた。
もう二度と嘘を吐くまいと誓った。
しばらくして、わたしは何気ない言葉で人を傷つけた。
嘘を吐かないわたしが発した言葉は、真実だった。
しかし、真実を突きつけられた相手は、そのために激しく動揺した。
わたしはまたしても、言葉で大切な人を傷つけた。ショックだった。
それが原因で高熱が出た。そのときに声がかすれた。
嘘を吐くのは、話をするからだ。これからは、声が出なくなった振りをしよう。
振りを続けているうちに、本当に声を失ってしまった。
声をなくしたわたしは、文字を書くようになった。
日常のコミュニケーションは、手紙やメールに頼った。
しかし、相手の反応を待たずに一方的に自分の意見を書くのは、
想像以上に人を苦しめるものだと気づいた。
声も文字もだめ。言葉を捨てないといけない。
わたしは、自分の指を切り落とした。字を書くことは、できなくなった。
わたしが人に気持ちを伝える手段は、表情だけになった。
あるとき、鏡に映った自分の顔を見て愕然とした。目つきがとても悪かったのだ。
気持ちは頭や心にたくさんあって溢れそうなのに、それがきちんと伝わらない。
そのもどかしさや苛立たしさが顔に表われ、相手が逃げ出すような形相をしていた。
これは鬼の顔だ、と思った。生きるとはこんなにも醜いものだと知ったとき、わたしは自分の命を捨てた。
目を開けると、そこは死後の世界だった。いわゆる天国というものだ。
あんなに業の深かったわたしが、天国にいるなんて信じられなかった。
わたしの前にも後にも、たくさんの人が並んでいる。
どうやら、生まれ変わりの順番を待っているようだった。
わたしの番がきた。
「あなたは、何に生まれ変わりたいですか？」
神様はやさしくおっしゃった。
「人間以外のもの。……猫がいいです」
猫は好きだ。お互いを尊重し合って、きちんと距離を置いて暮らしている。わたしは猫になりたい。
「分かりました」
神様が杖をひと振りすると、わたしは猫として生まれた。
続きは短篇集でどうぞ。