迷子の指眼鏡
どこの店にも、休日にはいつもの倍近いお客さんが訪れるものです。
世の中の多くの人は月曜日から金曜日まで仕事をしていて、土日になると街に溢れるからです。
小川さんの眼鏡店も、休日は大忙しでした。
その店から少し離れた駅前の大型ショッピングセンターにも、眼鏡店がありました。
それは小川さんの働く店の本店で、そこには社長と奥さん、息子夫婦がいました。
小川さんのいる支店は小さいので、店員は小川さん一人しかいません。
以前はお昼休みに交代の人が来てくれましたが、忙しさのためか時間がずれて、
小川さんは昼食を採り損なうことが何度かありました。
小川さんは、そのことで文句を言うほど気の強い人ではありませんでしたが、そのうち社長に言われました。
「お昼にそっちに人を回す余裕はないから、昼の一時間だけ店を閉めていい」
そんなわけで、小川さんは一時になると店の扉に鍵をかけて
「ただいま休憩中です。二時には戻ります」と張り紙を出しておくことにしました。
でも、小川さんはどこかに出かけているわけではありません。
薄暗くなった店内の奥の休憩所で、奥さんの作ったお弁当を食べ、
少し昼寝をしたり本を読んだりして過ごしていました。
もし急ぎのお客さんが来たら、すぐに飛んで行って店を開けることができるからです。
ある日曜日。
休憩を終えた小川さんは、いつものように再び店を開けようとして、
ショーウィンドウを覗き込んでいる男の子を見つけました。
幼稚園か、小学校一年生くらいでしょうか。
その子は一人で、ショーウィンドウのガラスに額をつけて、じっと中を見つめていました。
「どうしたんだい？」
小川さんは、店を出て男の子に声をかけました。
その途端、男の子の肩がビクッと震えたのが分かりました。
小川さんは怖がらせないように訊いてみました。
「お母さんはどうしたの？」
男の子は、黙ってショッピングセンターのほうに目を向けました。
小川さんも、つられてそちらを見ました。でも、男の子の母親はいないようです。
「迷子かな？」
小川さんは、もう一度訊きました。
「違うよ！」
やっと口をきいた男の子は、ふてくされたような顔になりました。
そして、またショーウィンドウのほうに目を向け、ぼそっと呟きました。
「ここで待ってろって」
小川さんは、ははーんと思いました。
続きは短篇集でどうぞ。