冷えた愛
この作品は小学館「きらら」携帯メール小説大賞第19回月間賞で
最終選考(30篇)に残りました。
今夜も帰宅は零時を過ぎた。鍵をそっと開けて入る。
玄関ホールのフットライトを頼りに、手探りでリビングのスイッチを点ける。
誰もいない部屋に、微かに夕食の残り香が漂っている。和食のようだが、今夜のメニューは何だろう。
ダイニングテーブルには、いつも妻からのメモがある。
〈おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした。今日の夕食は……〉
でも、今日はメモがなかった。もしかして、出掛けに「今夜は食べて帰る」と言っておいただろうか。
十七時間前の記憶を遡るが、はっきりしない。まあ、冷蔵庫には何かしら食べる物はあるだろう。
とりあえず汗を流そう。疲れた頭と体をほぐすには、お湯につかって体を伸ばすのが一番だ。
お風呂の湯加減はちょうどいい。のんびり入っていたいが、さっぱりしたら急に空腹を強く感じた。
キッチンへ行き、冷蔵庫の重い扉を開ける。ビールやチーズ、おかずの残りなどが冷えていると思っていた。
そう、それらは当然あるはずだった。ところが、僕の目に飛び込んで来たのは、なんとペンギンだった。
上から二段目の、ちょうど目の高さの棚に、小さなペンギンがいた。
「なっ……」
言葉にならない声を上げると、ペンギンと目が合った。くりくりした瞳で、ちょっと首を傾げている。
そういえば、妻は最近しきりに動物を飼いたがっていた。
子どもが反抗期になって、だんだん話し相手にならなくなったから、無条件にかわいがれるペットがほしいと。
でも、それは犬や猫、せいぜい兎くらいだと思っていた。ペンギンなんて、いったいどこで手に入れたんだ。
この異常事態をどう考えたらいいかわからず、ちょっとしたパニックに陥っていたら、ペンギンが喋った。
「おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした」
だが、それはペンギンの口から出た妻の声だった。
「今日の夕食は、ブリの煮付け、大学芋、切干大根と油揚げの煮付け、小松菜の白和え、白菜の浅漬けです。
ちゃんといろいろ食べてね」
続きは短篇集でどうぞ。