鏡よ鏡
あの時、ああしていたら……。
今更嘆いても意味がないと知っているけれど、考えずにはいられない。
あの時というのは、そう、君の二十数回目の誕生日。その誕生日を前に、ぼくは君にほしいものを訊いたね。
去年のプレゼントはあまり喜んでもらえなかったみたいだから、今年は気をつけたんだ。
「誕生日に何がほしい？」
それは特別な言葉ではない。こんなこと世界中で毎日、親が子どもに言っている。
「そうね……。鏡がほしいわ」
君はあごに細い人差指をあて、小首を傾げて考える素振りをしていたけれど、
きっとずいぶん前からその答えは決まっていたんだね。
だって、「何がほしい？」って訊いた瞬間、瞳が輝いたもの。
「こう……、裏面に細かい薔薇模様の細工がしてあって、御伽噺のお姫さまが持っているみたいな、銀色の手鏡」
そういうものをほしがる君なら、クマのぬいぐるみは喜ばないはずだ。
さて、君のほしいものはわかったけれど、それがどこに売っているかはわからなかったから、
ぼくはいろんな店を探し回った。そして、やっと見つけたんだ。
駅前の雑貨屋で、それは少し埃をかぶって、ぼくに見つけられるのを待っていたみたいにして、
棚の隅にひっそりとあった。
古くても本物の銀だから、値段も結構した。いや、金額の問題ではない。
これならきっと喜んでもらえるだろうと思ったから、ぼくはすぐに包んでもらった。
君の誕生日、ほんの一か月前だ。もうずいぶん昔のような気がするけれど。
お姫さまの鏡を手にした君は、まず薔薇の細工を愛で、それから、鏡の中の自分を見つめた。
「ねえ。わたし、きれい？」
「うん。きれいだよ」
特別な美人ではないが、ぼくにとって君はとてもきれいだ。満足できる返事に頷いて、君はまた鏡を覗いた。
続きは短篇集でどうぞ。