「き」ってなあに？

ある国で王子さまが生まれました。

おぎゃあ、と泣いてばかりいた王子さまが、ある時とても小さな声で、

「き……き……」

と言いました。

それが何を意味するのか誰にもわかりませんでしたが、王さまはたいそう喜びました。

「この子は天才だ！」

そうして、国中の人間が「き」を探しました。

まず、お妃さまがおっしゃいました。

「ええ。この子は貴婦人とおつきあいしないといけません。国中の姫をお呼びなさい」

すると、神父が言いました。

「王子さまに神さまのご加護がありますように、わたしは祈念いたします」

それから、医者が言いました。

「はい。王子さまがいつもお元気でいられるように、じゅうぶん気をつけます」

楽師がにこやかに言いました。

「喜びの日には音楽が一番。わたしが楽器を演奏いたします」

ペンキ屋が晴れやかに言いました。

「お城はどこも真っ白で、少々退屈な感じです。子ども部屋の壁は黄色に塗りましょう」

書記が厳かに言いました。

「なにごともきちんと書き記さないといけません。それでこそ後世の記録に残るのです」

衣装係が朗らかに言いました。

「王子さまの着物は世界に一着。素敵な服をおつくりしましょう」

騎士が静かに言いました。

「いずれ王になられるお方。王子さまには騎士道が大切です」

奇術師がおどけて言いました。

「遊びの心も忘れずに。奇妙奇天烈な行動も、幼い子には必要です」

最後に庭師が言いました。

「お庭に苗木を植えましょう。いずれ立派な樹になるように。王さまの御世が末永く栄えますように」

こんな騒ぎは何も知らず、王子さまはすやすや眠ります。

季節が静かに変わるうち、「きゃっきゃ」と笑う希望に満ちた声を聞く日が来るでしょう。