小指姫

エミーはそっと溜息をついた。今日はこれで何回目だろう。

久し振りに会いましょうとリリーから電話があったのは、先週の水曜日。

おいしいケーキに釣られて出てきたエミーは、さっきから居心地の悪さを抱えていた。

目の前のリリーは、一年前とは随分変わっている。

あの頃はふたりとも似たり寄ったりで、他愛ないことで笑ったり、よく食べたりした。

出会った頃からずっと先まで、それは永遠に変わらない光景だと思っていた。

それが今日のリリーはまるで別人のように、すっかり痩せてきれいになっている。

リリーは美しさを見せ付けるために呼び出したのだろうか。そう考えて、エミーはまた溜息をついた。

「どうしたの？　なんだか元気ないわね。桃のタルト、気に入らなかった？」

「ううん。タルトはすごくおいしいけど」

「けど？」

エミーは、心の中のモヤモヤが嫉妬だと気づいていた。

でも、それをリリーに感づかれるのは、自分が更に醜い人間になるようで嫌だった。

リリーはテーブルの上に肘をつき、指を組んだ。

爪にはきれいにマニキュアが塗られ、薬指に華奢なリングがはまっている。右手だけど。

エミーはささくれだった丸い手を膝の上に置いた。

「ね、わたし変わったでしょ？」

単刀直入に話すところは、以前のリリーと変わらない。

「ええ。随分痩せて、きれいになったわね」

癪だけど認めないわけにはいかない。リリーもその言葉を待っているのだろうし。

「ありがとう。今日エミーに会いたかったのはね、その話をするためなの」

「自慢？」

　さすがにムッとした。きれいになったのは外見だけで、リリーの性格はうんと悪くなってしまったのだろうか。

「違うのよ。気に障ったらごめんね。ねえ、わたしたち昔は、人間中身が大切よって、外見なんて全然気にしてなかったわよね」

「わたしは今もあんまり気にしてないわ」

「でも、きれいになりたいと思うでしょ？」

「そりゃ……」

どんな女の子だって口には出さなくても、きれいになりたいと思っている。生まれつきの不公平さに諦めることがあるとしても。

「わたしね、一年前すごい美人におんなじことを言われたの。思わずきれいですねえって言ったら、それなりの努力をしているからよって。

あんまり当たり前のように言うから、どんなことしているんですかって聞いちゃったわ」

「で、何をしているの？」

エミーが乗り出した。

「それがね、具体的には教えてくれないのよ。本気できれいになりたいなら、何でもかんでも人に教えてもらおうなんて甘いわねって」

やはり美人の性格は悪いのだろうか。

「でも、代わりにこれをくれたわ」

リリーは右手薬指の指輪を見せた。

「彼女は自分の指から抜いて、お守りにあげるわって、この指輪をわたしにくれたの。

でもいざはめようとすると、わたしの太い指では薬指なんてとっても無理。悔しいけど小指にはめたわ。

そうしたら彼女、きれいになるまで外しちゃだめよって」

エミーはずんぐりした自分の指を眺めた。指輪なんて、子どもの頃の夏祭りで買ったおもちゃしかしたことがない。

いつかきっとすてきな人にプレゼントしてもらうの、というのは、単なる負け惜しみにしか聞こえない。

「これ、あげる」

リリーは指輪をエミーに差し出した。

「え？」

「魔法じゃないけど、その指輪をもらってから、わたしは変わったの。最初は騙されたと思って、とにかくずっとつけてみて」


エミーはなんとなくわかってきた。

いつもこんなかわいい指輪をしていると、それに似合う手になりたくなる。そこで、きちんとハンドクリームを塗る。マニキュアを塗る。

手は意外と顔の近くにあるので、化粧品に興味が出る。すると今度は体型も気になる。

そのうち、身の回りのすべてに目が向き始め、部屋を片付けたり、他人にやさしくしたくなったりする。

この指輪を、エミーは密かに小指姫と呼んでいる。

いつもお姫様と一緒なら、それなりにきれいでいなくては恥ずかしいから。

エミーが小指姫を誰かにプレゼントするのは、そう遠くないだろう。