右から二番目のラ
あたし、ピアノを持っているの。おばあちゃまの形見のグランドピアノ。
裕福な家に生まれたおばあちゃまは、子どもの頃、ピアニストを目指していたんですって。
昔のことだもの、そんなハイカラな女の子なんて、どこにもいなかったわ。
両親はもちろん、親戚や近所の人にも期待される、ピアニストの卵だったそうよ。
でも、ある時指をけがしてしまって、ピアニストになる夢を泣く泣く断念したらしいの。
その話は何度も聞かされたわ。
おばあちゃまったら、五十年経っても、あの時夢を奪った女の子の服装も言葉もみんな、
絶対忘れられないって言っていた。
あれは悲しい事故だったのだけれど、もしかしたら避けられたかもしれないって、いつまでも考えたらしいわ。
しばらく放心状態になったおばあちゃまも、結婚したら自分がピアニストになるのは諦めて、
せめて子どもに夢を託そうと思ったのね。
だけど、生まれたのは男の子がひとりで、彼――つまりあたしのパパ――は、
おじいちゃまに似たのか音楽的な才能がまるでなかったから、ちっとも上達しなかった。
それでも、おばあちゃまは大切なピアノの調律を欠かさないで、
いつかきっと自分の夢を叶えてくれる人が現れると信じていたのね。
パパが結婚したら、おばあちゃまはママにピアノを教えたんですって。
ママだって、それまで音楽とは縁のない生活をしていたから、うまく弾けるわけなんかないの。
だけど、お嫁さんだもの、いやですなんて言えないわよね。
ママは、おばあちゃまの前では一所懸命に練習したけれど、
大人だから覚えも悪いし、本当はピアノなんて見るのもいやだったらしいわ。
家事が忙しいとかなんとか言って、なるべくピアノに触らないようにして、
妊娠して体調が悪くなってからは、ますますレッスンから離れていったの。
おばあちゃまも、ママはよその家の人間だから、才能がなくても仕方ないと思っていたみたい。
そして、あたしが生まれたの。おばあちゃまの喜びようったら、なかったらしいわ。
好き嫌い言う前からピアノを教えられる、初めての女の子ができたんだものね。
だからあたしは物心つく前から、おばあちゃまのピアノで遊んでいたの。
ママはあまりいい顔はしなかったけれど、あたしは単純に楽しかった。
続きは短篇集でどうぞ。