茄子について
この作品は小学館「きらら」携帯メール小説大賞第１８回月間賞で
最終選考（30篇）に残りました。
冷蔵庫には茄子があった。
深い紫と黒を混ぜた色は、静かな夜を思わせる。
艶のある丸い表面は、女性なら誰もが憧れる理想の肌に似ている。
今まで何度も、買ったり料理したり食べたりしたのに、こんなふうに感じたことはなかった。
でも、昨日スーパーの野菜売り場で山になった茄子に出会った時、突然気づいた。なんとも言えないセクシーさに。
何故これまでこの美しさを理解できなかったのかと、自分を責めた。今までわたしは何を見てきたの。
すぐに料理しなかったのは、もったいなかったから。でも、美しさを永久に留めておくことはできない。
今夜は茄子にしよう。
その時、息子がキッチンに顔を出した。
「今日の夕飯、何？」
「茄子」
「茄子の、何？」
「まだ決めてないけど」
「ふうん」
こんな答えでも納得する。「今何時？」と訊くのと同じだ。だって、彼には献立を選択する余地はないから。
それでも知りたがるのは、頭とお腹をその気分に合わせるため。
麦茶を一気飲みした後、更になみなみ注いだコップを持って、息子は二階へ行った。
「ごはんよ」と呼ぶまで降りてこない。パソコンでゲームをするか、部屋で本を読むのだろう。
手伝わせればいいのだが、料理ができない人間がキッチンにいるのは邪魔なのだ。
さて、この茄子で何をつくろう。料理本をぱらぱらめくると、意外と茄子を使ったメニューが少ないことに気づく。
トマトやキュウリと違って、生では食べられないのに。
焼き茄子が一番簡単だけど、わたしがあんまり好きじゃない。主婦は、自分の好き嫌いで献立を考える。
茄子とベーコンのスパゲッティ――おいしそうだけど、お米を研いじゃった。
豚モモ肉の茄子ロール――白ワインがない。
材料が揃っていなくて、できないものが多い。献立はますます絞られる。時間はどんどん過ぎる。
続きは短篇集でどうぞ。