さびしがり屋
夜の都会の片隅に、さびしがり屋がいました。
さびしがり屋は、黒い服を着て、大きな黒いリュックをかついだ老人です。
リュックの中には、マッチがたくさん入っています。さびしがり屋は、道行く人に声をかけます。
「さびしい気持ちをお持ちの方に、マッチをお売りいたします」
大通りを歩く人は、さびしがり屋のすぐそばを笑って通り過ぎて行きました。
さびしがり屋は、人にはなかなか気づかれません。
さびしい気持ちを電波のように捕まえて、自分から声をかけるのです。
さびしがり屋に出会った人たちはみんな、マッチを買ってよかったと言います。
けれど、会いたいと思っていても簡単には会えません。冷やかし半分のお客にかまっている暇はないからです。
さびしい気持ちで歩いていれば、さびしがり屋に出会えると、そんな噂が密やかに街に流れていました。
ある夜のことです。通りは恋人たちでいっぱいでした。
そんな中、若い男の人がひとりでとぼとぼ、俯いて歩いていました。
そこは、さびしがり屋が現れるという噂がある場所でした。
不意に男の人の耳元で、ぼそぼそと低い声がしました。男の人は、はっと顔を上げました。
そこには、大きな黒いリュックを背負った、黒服の老人が立っていました。
「ぼくに声をかけたのは、あなたですか？」
「ええ、わたしです。あなたの心の中は、今さびしさでいっぱいでしょう」
男の人は、これが噂に聞くさびしがり屋なのだと思いました。
実際に会ってみると、自分がとても惨めな気持ちになって、あまりいいものではありません。
「さっき、恋人に振られたんですよ。
あれこれねだられるままにプレゼントしていたけれど、今月はお金がないと言ったら、あっさりさよならです。
こんな時期に振られるなんて……」
男の人は、やけになっていました。もうすぐバレンタインデーですから、さびしさは人一倍でしょう。
さびしがり屋は、これはいいお客だと思いました。
「それでは、マッチをお売りしましょう」
続きは短篇集でどうぞ。