新聞記事

男はこの頃、新聞を読むのがとても憂鬱だった。

大きな事故や災害、戦争や殺人、不正や物価高のニュースばかりで、うんざりする。

自然災害は仕方がないと諦めなくてはいけないかもしれない。

でも、これは地球からの警告だという意見もある。

どちらにしても起こってしまったことに変わりはない。

これまでの生活をどうやって立て直すか、それだけで頭が一杯の人が増えている。


ある日男は、自分が勤めていた会社の記事を見つけた。

それは新製品の案内ではなく、目を覆いたくなるような不祥事だった。

数年前までは誇りに思っていた会社の名前が、突然恥ずかしくていたたまれないものになる。

男は隣に寝そべっている飼い犬のシロを見た。

「おまえはいいなあ。周りに振り回されず、その日その日を楽しく暮らしていて」

シロは尻尾をパタンと振って、あくびをした。

男はふとしたことを思いついた。

その足で銀行へ行って、退職金をいくらか下ろしてきた。


次の日の新聞に小さな記事が載った。

記事と言っても、下の隅のほうにある「尋ね人」などを載せる広告の欄だった。

「庭のタチアオイは、もうすぐ一番上まで咲きます。梅雨明けも間近でしょう。シロ」

ご丁寧に足型まで押してある。

その記事に気づいた人は数人しかいなかった。

翌日も、同じ欄に犬の足型があった。

「昨日の夕立は驚いたけれど楽しかった。たまには雨に濡れるのもいいですね。シロ」


それから毎日、この場所にはシロからの小さな季節の便りが載るようになった。

記事に気づく人も増え、それに連れてシロと同じように花の匂いに敏感になり、風の移ろいに心を寄せる人が増えていった。

新聞を開くのが楽しみになった男は、来年もこの数行を買い取れるように、しばらく前から新しい仕事を始めている。