銀のしつけ糸

あるところに、年老いた仕立屋のお母さんと、ふたりの娘がいました。

お母さんは、毎日忙しく働いていましたが、お休みの日になると娘たちに針仕事を教えました。

糸の通し方から始め、いろいろな縫い方、しつけの仕方、型紙の取り方、布の断ち方、刺繍の仕方。

お母さんは簡単なことから教えたので、娘たちは楽しく仕事をして、少しずつ腕も上達していきました。

しかし、姉妹には大きな違いがありました。

上の娘はとても器用で、いつもその日のうちにじょうずに縫い物を仕上げました。

そして、残りの日は料理をしたり、洗濯をしたり、家の中を整えたりして過ごすのです。

ところが、下の娘は不器用でした。

ひと針ひと針丁寧に縫いますが、縫い目は不ぞろいでした。

一枚の縫い物を仕上げるのに、ひどく時間がかかりました。

妹は、一つの仕事が終わると、すぐにまた次に取り掛からないといけません。

でも、縫い物が大好きなので、いつも喜んで針仕事をしていました。

お母さんは、そんな娘たちの様子を黙って見ていました。

そして週に一度、新しい布を渡して、娘たちに針仕事をさせるのです。

ハンカチ、枕カバー、テーブルクロスから、スカートやブラウスなど。

娘たちは少しずつ難しい仕事ができるようになりました。

年老いたお母さんは、これなら安心してお店を任せられると、ほっとしていました。

ある日、お母さんは透き通った大きな布を用意して、

「これが、わたしに教えられる最後の仕事です。この布をきれいに縫ってごらんなさい」

と言いました。

「お母さん、今度は何をつくるの？」

妹が訊きました。

「できあがってからのお楽しみ。

どうやって縫えばいいかは、今までわたしが言ったことをちゃんと覚えていればわかりますよ」

お母さんの言うとおり、布には銀色の糸でしつけがしてあり、

そのとおりに縫えばきちんとできあがるようになっていました。

姉さんは布をひと目見るなり、

「あら、この布は大きいけれど、なんだかテーブルクロスみたいじゃない。これなら簡単だわ」

と言いました。確かに、今度の仕事はブラウスよりは難しくありません。

ただ、透明な布にしつけてある銀色の糸が、ひどく見づらいのでした。

しつけは普通、白い糸でするものです。

妹は銀色のしつけ糸をじっと見て、なぜ今回だけ糸が違うのか考えていました。

その間に姉さんは、いつものようにさっさと仕事に取り掛かりました。

しばらくして姉さんは、縫い上がった布を広げて、わあっと声をあげました。

それはテーブルクロスではなく、大きな翼の形になったのです。

透明な翼は日にかざすときらきら輝いて、とても美しく見えました。

姉さんの縫い上げた翼を見て、妹は

（わたしも美しい翼をつくりたい）

と思いました。

しかし、日を追うに連れて、妹の手がだんだんのろくなっていきました。

ひと針縫っては溜息をつき、またひと針縫ってはお母さんを見つめました。

そんな妹に小言を言おうとする姉さんに、お母さんは黙って見ているようにと言いました。

何か月もかかって、妹はやっと翼を縫い上げました。すると、お母さんは言いました。

「どちらの翼がよくできているか、試してみましょう」

お母さんは、まず姉さんの翼を身につけました。

鳥が羽ばたくように腕を上下に揺すると、体がふわりと宙に浮かびました。

姉妹が驚いているうち、お母さんは少しずつ高く上っていきました。

背の高さくらいまで上がったと思ったとき、突然の風にあおられて翼が破れ、

お母さんは草の上に落ちてしまいました。

姉妹は慌てて駆け寄りました。幸い、けがはありません。

心配そうに見ている娘たちに、お母さんは言いました。

「姉さんは、自分の腕に自信があるのね。ところどころしつけを無視しているでしょう。

だから、この翼は美しく見えるけれど、強い風には耐えられなかったの」

姉さんは、恥ずかしそうにうつむきました。

「お母さん、わたしの翼はどうでしょう」

妹がおずおずと訊きました。お母さんは、妹の翼を手に取り、隅々までよく調べました。

そして、

「あなたの翼は、美しいとは言えないけれど、丁寧に縫ってあるので丈夫そうです。

これなら何日でも飛び続けることができるでしょう。ありがとう」

と言いました。

お母さんが妹の翼を身につけて羽ばたくと、体がふわりと浮きました。

透明な翼をまとったお母さんは、どんどん高く飛んでいきました。

屋根の上まで行ったとき、お母さんは言いました。

「さようなら、娘たち。これからはふたりで力を合わせて、仲良く暮らしなさい」

その言葉を聞いて、姉妹はお母さんがもう二度と地上に下りてこないことを知りました。

ふたりは泣きながらお母さんを見上げましたが、どうすることもできません。

やがて、お母さんの姿がすっかり見えなくなると、姉妹は家に入りました。

家の中には、お母さんが残してくれたものがたくさんありました。

お母さんの使っていたお針箱を見ていた姉さんは、妹にいつの間に縫い物がじょうずになったのか訊きました。

「お姉さん。あの翼をしつけていた銀色の糸が何だったか知っていた？」

「いいえ。知らないわ」

「あれは、お母さんの白髪だったのよ。

年取ったお母さんは、自分の髪を抜いてしつけ糸にして、わたしたちに翼をつくらせたのよ。

わたしは途中でそれがわかったから、翼を縫うのが悲しかった。

でも、お母さんがちゃんと天国まで飛んでいけるように、少しくらい変でも丈夫な翼を縫ってあげようと思ったの」

それからは姉さんも、今まで以上に丁寧に針仕事をするようになりました。

もともとなんでも器用にできる娘ですので、仕事の腕は更に上がりました。

また、妹も姉さんを見習って、針仕事以外の家事もするようになりました。

それでふたりは、村でも評判の仕立屋になったということです。